

被災された方々のお見舞い申し上げます。
また、この被災に対し今代わりに力になってくださる世界各国の皆様方おひとりおひとりに
心より感謝します。
被害にあわれた地域の皆様には、謹んでお見舞い申し上げますと共に
犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、深くお悔やみ申し上げます。
一刻も早く復旧されることを祈ります。
なお、今回被災に見舞われた方々に対し
影ながら震災を支えている女性たちにスポットをあて
ドキュメンタリー形式で原稿を書かせていただきました。
マッチングという本来の趣旨とは若干それますが
緊急時のためテーマを変えさせていただきましたのでご理解いただけたらと思います。
微力ながらも一日も早い復旧と希望にお役立ちいただけましたら幸いです。
![]()
3月11日午後2時46分ごろ、マグニチュード9.0を記録する地震が東北地方太平洋沖で発生。
停電や火災、津波などの被害が拡大し、戦後最大の大震災となった。
また、外務省発表によると
3月17日(木)18時現在,117の国・地域及び29の国際機関等から支援の申し入れがあり、
世界各国がこの震災への復興に現在尽力している。
![]() 新宿パークハイアットホテルは都庁が隣接し、都のステイタスシンボルの1つ。 その時私は、コンサルの仕事で同ホテル41Fピークラウンジにいた。 そして、午後2時46分地震発生―。 横揺れだが、その揺れの大きさと長さ、最上階からは食器と思われるガラス等が割れる音が鳴り響き ラウンジを囲うのはまたガラス。 都会のマンハッタンシンボルが一瞬にして恐怖に包まれた。 私は、即座にガラスが怖く顔を手で覆いテーブルの下に避難。 強く長い地震のため、急遽同ホテルでは設置した一時避難場所へ移動するよう指示がだされた。 スタッフの若い女性が涙ぐみながらも気丈に仕事をし続けたのが印象的だった。 そこから、交通網が麻痺した影響も受け宴会場が避難所としてもうけられた。 余震が続き、高層階の恐怖というのもあり、一刻も早く家に帰りたいという不安から階段で降りて帰って 避難所で朝まで迎えた人はなんと20名弱まで絞られた。 ありがたく、食料・水・毛布などはホテルサイドにご用意いただき私は次の日午後に 帰路につくことに。 (なお、耐震設計のため同ホテルの建物は無事だった) 帰路についたものの、私が住んでいるのは埋立地。 停電と余震の影響もあり、とりあえず必要な食料・水などを確保してから 対面コンサル活動を一時休止。 今できることを考え、急遽被災地限定でSkype、電話、メール相談によるボランティアコンサル活動を開始した。 すると早速、湾岸埋立地浦安よりSOSの電話! 平山 智子さん(42歳) 平山 智子は子供二人を女手一人で育てる女社長 他 過去、業界発のウエディング専用補正下着レンタルサービスをプロデュースし、雑誌「財界」他メディア実績多数。 平山さんは、千葉県浦安が居住地だが、震災時は池袋で盲導犬募金活動をしていた。 震災後、帰路についたのは翌日深夜3時で池袋から被災地にいる子供を迎えにいくまで9時間かかった。 そして、翌々日後から支援物資回収活動に入り、友人ひとりひとりに声をかけ衣類、毛布、生理用品、 「物資がとどいたときには歓声があがったとのことを報告をうけホッとし力が抜けました(平山)」 なお、平山さんの居住地や隣街はダメージが大きく、液状化による地面の陥没、断水状態、 そんな中で、今日生きるための水や食料の確保が困難。 たった1リットルの水が緊急時にどれだけありがたいことか・・・ そしてガソリン不足の中、近所のスタンドにたのみこみ少し給油いただき、 しかし、気丈に振舞っていてもこのような非常事態において様々なことのショックや動揺は当然だった。 そもそも何から着手したらよいか? やることが膨大にある状況下で、少し混乱していたが60分電話相談をすることで気持ちが和らいだ 「安堵と同時に、ダメージが大きくなっていくことを感じましたが、 人と話すことで緩和することができ、募金活動や仕事に着手できるようにも戻っていきました(平山)」 誰もが不安だったり、自分自身のことで精一杯。同時に心体のダメージも受ける。 そんな中、当倶楽部で「最幸のコミュニケーションの達人」としても紹介している神名美江さん。 神名さんも被災地の埋立地が居住地だが、地震直後には地下鉄にいた。 その恐怖からダメージを軽減するためのワークを自ら実践し続けながらも仕事と家庭を両立している。 神名さんは子供を1人かかえ、阪神大震災も遭遇。 当時、神戸にいたがそこから逃げず、今回も被災地新浦安にいて多くの親戚から西日本に戻らないかという声がありながらも拒否。 「私には家族、仲間、そして家がある。離れるわけにはいきません(神名)」 また、(社)日本リ・ファッション協会の代表理事・鈴木純子さん。 被災地に送る毛布と衣類の寄付の依頼を主にブログ、Twitterにて呼びかけた。 東北地方太平洋沖地震の被災地に対し、一般の方々から集めた毛布や衣類を救援物資として 多くの女性が鈴木さんの活動に協力し、家にある毛布などを寄付した。 「今回の地震では、私の実家や親戚も地震で被災していることもあり他人事ではありません。 当初は支援物質(毛布と衣類)を集めて送る取り組みは見切り発車だったかな?と思ったのですが、 結果的にはすぐに行動して良かったと感じています。後になって供給過多になったとしても 今は、これから長く続く復興期に継続的にできることを検討中です。 復興期には生活と産業の両面に対する支援が必要なので大前さんと連携できることが 非常事態の中、この他多くの隠れた女たちはだまっていなかったー。 |
|
一刻も早いライフラインの確保を祈っております。 コンサルタントとしても私でできることから実践したいと思います。 ―次回に続く― 注)今回の被災に伴い、映像による恐怖をこれ以上あおらないため、 私=大前美翔 文:大前美翔 |
Copyright © 2003- happy come come co., Ltd All rihts reserved.