こだわり体感エッセイ

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聞くと聴くの違いとは

 

お盆になると、実家にお坊さんがやってきて、色々と説法を聞いたものだ。

 

ということで、今年は飯田隆史氏

http://www.facebook.com/note.php?created&&note_id=139012379524170#!/takashi.iida

の説法を聞きに行った。

彼は、いわゆる職業がお坊さんというわけではないのだが、まだ若く、元々政治家を目指し
て、代議士秘書を経験しながら、哲学の必要性を痛感し、様々な勉強を経て、浄土真宗に
出会い、浄土真宗講師として日本、韓国などで幅広く活躍している。

 

同世代の説法ということもあり、とても楽しみにしていた。

 

僕は、特定の宗教を信仰しているわけではないのだが、好奇心が旺盛で歴史が好きな
ため、教会にふらっと聞きに行ったり、説法なども聞きにもいく。

 

理由は、やはりエネルギーをもらえるから。

宗教は、人間誰でも訪れる「死」の恐怖から逃れるために発明された人類最大の発明
だと僕は勝手に捉えているが、死を見つめることはどう生きるかを考えること。

なので、説法を聞いた後は、自分の人生を見つめ直すきっかけも与えてくれるし、
限りある人生をいかに生きるかとエネルギーをももらえるのである。

 

詳しい説法の話については、直接飯田氏の説法をお聞きいただきたいのだが、
昨日の説法で響いたのは、「知る」ことの重要性。

 

元々お寺は、いかに生きるか、いかに幸せになるかについて、仏教を通じてお話をする
場所である(日本にお寺の数はコンビニの倍もあるそうだ。)

何故なら、仏教において、信じるということは疑いが少しでもあるから信じるという発想
になるわけで(信疑一如)、自分がきちんと納得するまで突き詰めればそれは「知った」
ことになる。

 

その知るためには、「聴聞」を極めること。

「きく」という言葉は二種類ある。

「聴く」は、耳が外にある。故に人の言葉に耳を傾けること。

「聞く」は、耳が内にある。ゆえに、自分の心と対話すること。

香道において、香りは「嗅ぐ」ではなく「聞く」と表現することは以前も書かせて
いただいたが、香りを通じて神経を研ぎ澄まし、自分の内なる心に耳を傾ける。。

 

この聴聞を繰り返し、知るに至る。

これが幸せへの道しるべ。

 

最近は、インターネットや雑誌、新聞など、情報源は多々あれど、あくまでそれらは
聴いたこであり、知ったつもりになっているに過ぎず、情報のしもべとも言えよう。

きちんとそれを自分が納得するまで咀嚼し、知るに至ってはじめて、自分の人生といえる
のかもしれない。


文:峰尾晋一


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